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 レンドル最強説&フェデラー最強説blog

【レンドル最強説】の雑記部分をブログ化しました。右のリンクから本体へも是非どうぞ。

グランドスラム準々決勝勝率

前記事のコメント欄で2R様がグランドスラム準決勝及び準々決勝の勝率というのを出してくれました。
(相変わらずの内容の濃いコメント記事ありがとうございます!)

決勝ばかりがクローズアップされて、レンドル(とマレー?)が不遇であるのことに心配りをして下さったのですが、
実に面白いデータが現れてきました。ここまで深く見ていくとまた選手の特徴も出てきます。

改めてこちらの記事で取り上げてみたいと思います。
詳細の検証などもされていますので前記事のコメント欄もご参照ください。

しかし、今回これではっきりしました。
選手がどれだけ強いかという指数はグランドスラムの準々決勝勝率で見るのが妥当なんでした。
準決勝でもいいですが、結構選手によって限定されてきます。強い選手同士の潰し合いもありますし。
そこへ行くと準々決勝は、まず到達する自体が安定感の表れでもありますし、
気合いの乗っていない早期敗退が変にカウントされることもないので、
単純でありながら強さの値を明確にするにふさわしいデータになっている気がします。

コメント欄で出していただいたデータを並び替えますと以下のようになります。

《主要選手、グランドスラム準々決勝勝率》

01 .837 フェデラー
02 .824 レンドル
03 .821 ナダル
04 .810 ボルグ
05 .800 ジョコビッチ
06 .793 サンプラス
07 .783 ベッカー
08 .778 サフィン
09 .756 コナーズ
10 .733 クーリエ
11 .731 マッケンロー
11 .731 エドバーグ
13 .722 アガシ
14 .700 ビランデル
15 .682 マレー
16 .667 ビラス
17 .615 チャン
18 .533 ヒューイット
19 .526 ロディック
20 .500 イバニセビッチ
21 .462 カフェルニコフ
22 .400 D・フェレール

2R様は準々決勝進出13~14回というのを目安に出していただいていたのですが
ここに一人だけ、強引に、ただ個人的な理由で、7勝2敗のサフィンを詰め込みました。
強さの指数ですから、ルールを破ってでも入れる価値のある選手は入れなければいけないでしょう。

で、表の方が、どうです?
素晴らしい!!素晴らしいではないですか。

もう本当に私の思い描く強さランキングそのものじゃないですか。
もちろんあくまでも勝率ですから選手によって回数の多い少ないはありますし、
例えばマッケンローは少し低いかな、などというのもありますが
まあおよそ心地よいランキングが表示できていると思います。

クーリエが高いですね。
これもあの一時のインパクトを考えれば妥当かもしれません。
サンプラス、ベッカー、サフィンと才能型が上位に集まっているのもいいじゃないですか。
本来ここに入るべきだったイバニセビッチは意外と低めになってますが。

あと回数的にこの表には入っていませんが、準々決勝勝率で有名なのがラフターです。
7勝0敗と100%の数字を誇っています。もう一人、ブルゲラも4勝0敗で100%ですね。
まあこの辺はさすがに回数が少ないので参考値扱いとなるでしょう
(ほとんど数字の変わらないサフィンを入れといて何を言うか、というツッコミはここでは却下されます)

あと、ロブレドが0勝7敗となっていて、
オープン化後で最も多く準々決勝に進出しておきながら一度も勝ててない選手になっています。

回数でいうと勝利数の一番多いのはフェデラーの36勝!
敗退数ではコナーズとアガシの10敗となっています。
この辺はそもそも多い自体凄い事です。

勝ち負けを除外した単純な回数も見てみましょう。

《準々決勝進出回数:20回以上》

43 フェデラー
41 コナーズ
36 アガシ
34 レンドル
31 ジョコビッチ
29 サンプラス
28 ナダル
26 マッケンロー
26 エドバーグ
23 ベッカー
23 マレー
21 ボルグ
20 ビランデル

この他、ビラスとロディックが惜しくも19でした。
現役勢が凄いですね。ジョコビッチとマレーの意外な多さにびっくりです。

さて、ここまで来ると、オープン化前もやりたくなるのが私です。
もちろん同列には並べられませんが、参考値として何人か取り上げてみたいと思います。

まずは70年代前半のオープン化後前後に活躍した選手たちです。

ニューカム
16勝11敗 .593

ローチ
13勝08敗 .619

アッシュ
13勝05敗 .722

この3人はオープン化前のデータも入っています。
混沌の時代の選手たちにしては中々の数字です。
若干難易度が低かったと考えられるオープン化前のデータを含んでいるというのもありますが。

一応この時代最強の選手と言えるのがニューカムですが、
トニー・ローチがそれを勝率で上回っているのは印象的です。ローチはミスターベスト4でしたからね。
準々決勝は強かったというのも至極当然です。
もちろん進出回数でいえばニューカムの方がずっと上です。

そして安定感のアッシュが更に高い勝率を出しています。回数は一番少ないのですが。
因みにこの時代の他のトップ選手たちですが、
ナスターゼ(6勝6敗 .500)、コデス(6勝4敗 .600)、スタン・スミス(5勝5敗 .500)と
軒並み気合の入っていない数字には驚かされました。
まあ、グランドスラムの価値が今ほど高くはありませんでしたからやむを得ない部分もありましょうが。
いずれにしろ、レーバーとコナーズのつなぎの位置にいた選手だったということが明確になります。

続いて更に前の選手たちを取り上げたいと思います。
やはり知りたいのはレーバーやローズウォールですよね。

しかしこれらオープン化前にプロに入っていた選手は難しいです。
アマ時代、プロ時代、オープン化後の3つのデータが入り混じることになります。

アマ時代はドローは今と変わりありませんがプロ選手が出ていないのでレベルが高くなかったし
プロ時代のトーナメントはドローが少なく、準々決勝進出というのはそう難しくありませんでした。
総合的に難易度はオープン化後に比べて低かったと考えられます。
ただ、あくまでもここはデータ提示の場ですから思い切ってそのまま数値化してみます。

レーバー
アマ時代:12勝01敗
プロ時代:14勝01敗
オプン化:06勝01敗
総合結果:32勝03敗 .914(!)

ローズウォール
アマ時代:12勝03敗
プロ時代:27勝00敗(ちょ!)
オプン化:13勝02敗
総合結果:52勝05敗 .912

P・ゴンザレス
アマ時代:03勝00敗
プロ時代:21勝02敗
オプン化:01勝01敗
総合結果:25勝03敗 .893

ヒメノ
アマ時代:00勝02敗
プロ時代:10勝09敗
オプン化:04勝01敗
総合結果:14勝12敗 .539

ホード
アマ時代:08勝06敗
プロ時代:10勝09敗
オプン化:00勝00敗
総合結果:18勝15敗 .545

エマーソン
アマ時代:19勝14敗
プロ時代:00勝00敗
オプン化:00勝04敗
総合結果:19勝18敗 .514


前3人、なんなんですか、この数字!
レンドルやフェデラーをかすませるなんて許しませんよ!
ローズウォール、52勝だって。で、勝率9割だって。

実力者ヒメノは地味ながら力のある良い選手だと思っていましたが、
いや、てゆーか、事実良い選手なんですが
マレーに輪をかけてマレー化の様相を呈した数字を記録していますね。
この地味さ、好きなんだよなあ。

同じくホードも実力は最強クラスでありながら、
ローズウォールに勝つことにしか興味のなかったというだけあって
結果は「そんなに悪くはない選手」程度という感じになってしまいました。
もっともキャリア後半はもうローズウォールにもほとんど勝てていなかったんですが。

プロ化せずにアマ最強選手を最後まで貫き通したエマーソンはこれまた案外普通の数字で驚きました。
というよりむしろ低調といえるでしょうか。サンプラス以前のグランドスラム最多選手ですからね。
面白いのはレーバーがいた時代はもちろんのこと、レーバーのいなくなって
エマーソンの最強だった時代にも準々決勝敗退がかなり多いということです。
ひとたび勝ってしまえば、準決勝では15勝4敗、決勝では12勝3敗と圧倒的な強さだったのですが、
何故か準々決勝の成績が悪く、ここがエマーソンにとっての鬼門となっていたようです。

もっと古い選手もやりたくなりますが
正直、古すぎると皆さんひいてしまうでしょうからまあこの辺で。

結論を申しますと、戦前最強はチルデン(おそらく。今回数字だしてないけど)
戦後最強はレーバー(ローズウォールも凄い)
オープン化後(20世紀版)最強はレンドル
オープン化後(21世紀版)最強はフェデラー

で、どうです?

いや、どうですっていうか、そういうことにします。
今回は冷静な視点によるデータ提示ではなく自己満足の回ですから。


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  1. 2015/02/12(木) 16:30:16|
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ヒューイット優勝に見る、コナーズの記録の違和感 その2

前記事からの続きです。

ヒューイットが5つのグラス大会で優勝したことを取り上げましたが
これは中々の記録ではないかと思い調べてみました。
(記録はオープン化後の、ATP公式に限定して、ということになります)

ヒューイットはグラスコート7タイトル、5大会での優勝です。

グラス史上最多13のタイトルを誇るフェデラーは、
しかし大会数で言えば少なく、ウィンブルドンとハレの2つのみですし
10タイトルのサンプラスや8タイトルのマッケンローも3大会でしかありません。

唯一、グラス9タイトルのコナーズが、6大会とヒューイットを上回る大会を記録していました。
それとロッド・レーバーとトニー・ローチが5大会でヒューイットとタイでした。
さすがに時代的に古い選手が多めなのは頷けますが、それでもほとんどが4大会までであり、
ヒューイットの記録は時代も考えれば非常に特殊なものだと言えます。

さて、ここでめでたしめでたしと終わろうとしたところ
そうさせてくれなかったのがコナーズの記録です。

というか、ATPページのコナーズのタイトル数の記述です。
実に気になる部分と遭遇してしまいました。

connors-1a.jpg
一般にコナーズはグラス9タイトル、全部で109タイトルです。
これまでもずっとそう言われてきました。

(もっともATPページも初期の頃は104タイトルだったり105タイトルだったりと
 コナーズの記録が非常に流動的だった歴史があります。まあそれは今も続いているわけですが)

さて、こちらのリンクはATPのコナーズの生涯成績ですがご覧ください。
グラスのタイトルは9、総タイトルは109となっています。
http://www.atpworldtour.com/Tennis/Players/Co/J/Jimmy-Connors.aspx?t=mr

もっとも、このページのデータは実に不完全です。
何せタイブレークが23勝12敗、コナーズのキャリアでこんな数字であるはずがありません!
5セットマッチの数よりも少ないのかと笑ってしまいます。
それはさておき、タイトル数については一応違ってはいないはず、かと思いました。

しかし、こちらのもう一つのページをご覧ください。
http://www.atpworldtour.com/Tennis/Players/Co/J/Jimmy-Connors.aspx?t=tf

おかしい。総タイトル数が109ではなく110と一つ増えています。
9タイトルのはずのグラスコートも数えてみるとなんと10タイトルあるのです。
つまりどこかのグラスコートタイトルが余計にカウントされているわけです。

調査の結果、1976年のノッティンガムであることわかりました。
この年のこの大会は、コナーズとナスターゼが決勝に行きましたが結局試合が行われませんでした。
スコア表示は「ABN」となっております。ナスターゼ側の優勝にはなっておらず、
コナーズ側の優勝となっていることからナスターゼが棄権したということでしょうか。
これって不戦勝扱いになるのでしょうか。もしも不戦勝であれば普通にコナーズの優勝で良いと思います。
つまりコナーズのタイトルは従来の109ではなく110と更新されるべきであるのです。

しかし仮に大会側の問題であるならば試合無効で優勝者無しということもありえます。
過去にも決勝の途中で中断されたまま優勝者無しという大会はありました。

こちらの大会、実際どうだったのでしょうか。

もう少し調べてみると、同じような疑問を呈している方がいました。
http://tt.tennis-warehouse.com/showthread.php?t=478667

ここでの質問に対し、ある回答者の書き込みによると、
ナスターゼが棄権したというよりも試合は雨により中止となったようです。
この書き込みが正しいかは不明ですが、早計にコナーズのタイトルを110に訂正すべきではないかもしれません。
回答者も110にすべきではないという認識のようで、同じ例として1981年のモンテカルロを上げています。

1981年のモンテカルロも同じく雨によって決勝が中断され、そちらでは優勝になっていないのだから
1976年のノッティンガムも優勝ではないはずだと。

また新しいのが出てきましたが、この新しく出てきた1981年のモンテカルロを見てみますと、これはびっくり、
ビラスとコナーズが決勝に出ていて、スコアは「5-5 WEA」、何故かビラスの優勝となっていました。
モンテカルロはノッティンガムと違って大きな大会ですから色々なところに歴代優勝者の記述も載っています。
ATPの公式ページでも確認してみると優勝者はビラスとなっています。この辺、どうも統一感がなくて困惑します。
1976年のノッティンガムと同じ例として扱うのであればビラスも優勝とすべきではないはずです。
コナーズが雨を理由にプレーを拒否したとかそんなことでもあったんでしょうか?

両大会の違いを敢えて取り上げてみると、決勝スコアの記述がノッティンガムは「ABN」
モンテカルロは「5-5 WEA」という部分です。試合自体が行われたかどうか
という違いがあるのはわかります。しかしそのくらいしかわかりません。
因みに「WEA」ってどういう意味でしょうか。「ABN」は「absent」ですよね。

そうした中、Wikipediaで少し違う記述を見つけました。
http://en.wikipedia.org/wiki/1981_Monte_Carlo_Open
ここでは1981年のモンテカルロはコナーズとビラスとで優勝を分けあっているという記述があります。

こうなるとですよ、コナーズの優勝は更に一つ追加になって111である可能性すらも浮上してきます。
更に、一つも取っていないと思われていたレッドクレーのタイトルも増えることになるわけです。
ただ、Wikipediaは公式な見解が記されているものではないですから
ここでの記述はあくまでも参考程度にしか受け取れないというのは正直なところです。

vilas-2a.jpg
折角なのでビラスのATPページを確認してみました。コナーズと同じく2つのページ記述です。
http://www.atpworldtour.com/Tennis/Players/Vi/G/Guillermo-Vilas.aspx?t=mr
http://www.atpworldtour.com/Tennis/Players/Vi/G/Guillermo-Vilas.aspx?t=tf

タイトル数を確認すると、上では62、下では63となっています。これはコナーズの例と同じですね。

少なくとも現時点では、1976年ノッティンガムも1981年モンテカルロも、
決勝の決着は付けられず、両者優勝という名分とはなったものの、
個人タイトルには付与しないというのが一番一般的な考えとなろうかと思います。

これで行けば、コナーズはタイトル109、ビラスは62のままでOKとなります。
ただ、その際にはモンテカルロの過去優勝者で1981年の記述は修正すべきですし
やはり同じATPページ内なのですから、ビラスとコナーズのタイトル数もせめて統一してほしいところです。

ATPページのデータの混乱はまだまだ続きそうです。


※ATPのページは日々更新されている可能性があります。
 ここではリンクを載せております関係で、数日後に見てみると内容が変わっていて、
 当該記事に記述が当てはまらない、などということになっている可能性もあります。
 あくまでも今時点のコメントである点はご了承下さい。



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  1. 2014/07/15(火) 16:39:07|
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ヒューイット優勝に見る、コナーズの記録の違和感 その1

前記事のコメント欄を受けましての拡大記事となります。
まずはヒューイットに関して。

hewitt-4a.jpg
見事先週のニューポートで優勝を果たしました。
ニューポートはウィンブルドン後に開催されたグラス大会です。
ヒューイットは今期2勝目、このまま復活、怒涛の進撃と相成って欲しい好結果です。

ヒューイットは年齢とは裏腹にフェデラー時代の更に前の時代の選手という位置づけとなります。
フェデラーでさえ、誰よりも長い時代を築いた上で、その時代も終焉していますから
ヒューイットの時代となるとそれはそれは遠い昔のようにも感じます。

ヒューイットは今回の優勝で30タイトル目となりました。
2006年に25タイトル目を獲得してからここまで非常に長かったです。

最初の頃、当サイト本体の現役ページでは、どの項目もほぼフェデラーに次ぐ2位という成績でしたし
その後もナダルやジョコビッチとタイトル数争いなどもしておったのですが
いつの間にグングンと追い越し追い抜かれていってしまいました。

今にして思えば2006年から去年までヒューイットは3タイトルしか取っていないのです。
対するジョコビッチは初タイトルが2006年でした。
そして今や45タイトルですから時代の移り変わりというは激しいものです。
光陰矢の如しといはよく言ったものです。

さて、そのヒューイット、今大会の優勝で5つの異なるグラスコート大会での優勝となりました。
グラスコート自体が減っている近年としては異例の多彩な大会で優勝をしていることになります。

復活なったかヒューイット、グラスコートでの優勝も見事ですが一番合っているのは速いハードだと思います。
グランドスラムで言えば全米です。事実過去の実績では全米が一番良いです。
今年暴れるとすれば全米は狙いどころじゃないでしょうか。
考えてみれば全米というのはベテランが最後に活躍するグランドスラムであったりします。
1991年のコナーズ然り、2002年のサンプラス然り、2005年のアガシ然り。
ん、彼らはアメリカ人だからか?・・いや、細かいことは申しますまい。

さて、ヒューイットに対する称賛はまあ、
あまりし過ぎると私の場合ろくな事にならなそうなのでこの辺で置いておきまして
ヒューイットの記録を調べる際に出てきたコナーズの記録に対する疑問をば一つ。

長くなるので区切ります。
続きはその2


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  1. 2014/07/15(火) 16:35:40|
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ダビド・フェレールは大型選手を捌きます

ferrer-2a.jpg
今日は、みんな大好きダビド・フェレールを特集します。

現在、ニューボールズ世代の中でもフェデラーとともに頑張っている
いわばベテランの星とも言うべき、いぶし銀の選手です。

ただフェレールが頭角を現したのは2006年前後ですので
ニューボールズがもてはやされた時代からは5年ほど隔たりがあります。
本人にニューボールズの一員という意識はないかもしれません。

トップ10に定着するという今の地位を完全に確立したのは2011年です。
典型的な大器晩成型の選手といえるでしょう。

このフェレール、小柄で足と守備を活かしたプレーを身上とします。
もちろんショットも強いですが、今の基準では攻撃型の選手とは言われません。

今年もクレーシーズンでまずまずの活躍をしています。
個人的には、大変な注目選手であったグルビスを2週連続で粉砕したのが印象に新しいです。

フェレール自身は大型の選手ではないですが、
グルビスのようなスケールの大きな選手には相性が良い気がします。
そこで今回は、このような選手たちとフェレールの対戦成績を抜き出してみました。

スケールの大きな選手というのがどういう判断によるかは
私個人の主観になってしまいますが、その点はご了承下さい。
ざっと言えば、大型でサーブが強く、ストロークも豪快な選手です。
最近はそこそこネットもこなす選手が多いですね。
まあ、これでいえばジョコビッチなんかも入ってしまう気もしますが
オールラウンド的な印象のある選手は除外します。
主にビッグサーバーという括りになるでしょうか。
あと若手の荒削りな選手も含めたいと思います。


《フェレールの対スケール大選手成績》
 7勝5敗 ベルディフ
 6勝3敗 デル・ポトロ
 4勝0敗 ラオニッチ
 5勝1敗 イズナー
 4勝1敗 ディミトロフ
 3勝1敗 ツォンガ
 4勝0敗 グルビス
 2勝0敗 ヤノヴィッツ
 3勝1敗 チリッチ
 2勝1敗 カルロビッチ
 2勝1敗 クエリー

 合計 42勝14敗 勝率75%

強い!
強いですぞ!

まあランキングそのものが上位ですから強くて当たり前と言えなくもないのですが
ベルディフ、デル・ポトロ、ツォンガにしっかり勝ち越している点は評価に値します。
テニスはデカきゃ良いってもんじゃないんですね。


因みにここに該当してない選手との成績も見てみましょう。
現在のランキング上のほうの選手をピックアップしました。

《フェレールの対その他主要選手成績》

 6勝21敗 ナダル
 5勝12敗 ジョコビッチ
 0勝14敗 フェデラー

 7勝6敗 バブリンカ
 5勝7敗 マレー
 3勝4敗 錦織
 8勝3敗 ガスケ
 7勝0敗 フォニーニ
 3勝5敗 ユーズニー
 4勝0敗 ハース
 7勝2敗 ドルゴポロフ

上3人はさすがに異例です。特にフェデラーには勝てないです。
ここはフェレールのテニス人生最後の関門かもしれません。

その下については、やはりフェレール、大敗してないですしカモにしている選手もいます。
ただし、バブリンカ、錦織、ユーズニーといった
強大さだけでプレーするわけではない選手とは少々競っている印象です。


続いてテニス王国ならではの数字を見てみましょう。

《フェレールの対スペイン選手成績(100位以内)》

 6勝21敗 ナダル
 15勝0敗 アルマグロ
 7勝2敗 ロブレド
 9勝7敗 ベルダスコ
 8勝6敗 F・ロペス
 2勝0敗 バウティスタ・アグー
 5勝0敗 グラノジェルス
 6勝1敗 ガルシア・ロペス
 5勝0敗 モンタネス
 2勝0敗 アンドゥハル
 1勝0敗 リバ
 2勝0敗 ヒメノ・トラベル

70位にカレーノという選手もいるのですが、この選手だけ対戦がありません。
現在これだけ100位以内にスペイン選手がいるのも凄いですが、
まあフェレールの成績も見事です。
ナダルを唯一の例外として、全ての選手に勝ち越しています。
特にアルマグロ戦の15勝0敗!
フェデラーにやられている以上にやり返しているじゃないですか。見事。
間違いなくスペインで第2位の選手であることを証明しています。

参考までに引退したスペイン選手との対戦は以下のとおりです。

 7勝2敗 フェレーロ
 2勝6敗 モヤ
 2勝0敗 コスタ
 0勝3敗 コレチャ

この辺は晩成型のフェレールとしては強くなる前に対戦しているわけですから
負け越しているのもやむを得ぬかなと思いきや、さして悪く無いというのが衝撃です。
特にフェレーロにこんなに勝ち越していたなんて。

フェレーロとフェレールは2歳しか年齢差がありません。しかし全盛時代は隔絶しています。
フェレーロは2003年がそうですが、フェレールは2012年、または2013年ということになります。
じつに10年の差があるのです。
名前が似ている両者ですが早熟型と晩成型とできっぱりとキャリアが別れた好例です。

さて、せっかくフェレーロを見たのですから、スペイン以外の選手たちとの成績も見てみましょう。
フェレールと同世代の選手たちをピックアップしてみます。
ほとんどがフェレーロと同様フェレールよりも前に全盛期を迎えているため引退した選手が中心となります。

《フェレールの対同世代選手成績》

 7勝4敗 ロディック
 2勝1敗 ヒューイット
 1勝1敗 サフィン
 9勝5敗 ナルバンディアン
 2勝4敗 ダビデンコ
 5勝5敗 F・ゴンザレス
 1勝2敗 J・ブレーク
 6勝1敗 リュビチッチ
 4勝10敗 ソデルリング

その全盛時代の違いから、
対戦の後の方でフェレールが多く勝っているかと思いきや割とそうでもないです。
ロディックにもゴンザレスにもナルバンディアンにも初期の頃から勝っています。
いやいや、改めて思いますが結構凄い選手なんですね。

ここでリストアップしたのはほとんどがフェレールと同世代の
いわゆるニューボールズなのですが、一人だけ違う選手を紛れ込ませています。

soderling-1a.jpg
そう、一番下のソデルリングです。

例の非人間的な3強を完全に除外して話しますが、その3強以外に関していえば
誰を相手にしても対戦成績で大きく負け越すことのないフェレールが
非常に大きく負け越しているほぼ唯一という珍しい選手です。
タイプ的には得意とするはずの豪快系選手だったわけですが、
ソデルリングも実に変わった選手でしたからフェレールも掴みどころがなかったのでしょうか。

さて、最後に、これまで見てきたように、対フェデラー0勝14敗、対アルマグロ15勝0敗という
両極端な例を見せてくれたフェレールですが、
この一方的な対戦成績というのをリストアップしてみました。

 17勝0敗 レンドルvsメイヨット(7)

 16勝0敗 ボルグvsゲルライティス(3)
 16勝0敗 レンドルvsブラッド・ギルバート(4)
 16勝0敗 レンドルvsスコット・デイビス(11)

 15勝0敗 ボルグvsソロモン(5)
 15勝0敗 フェデラーvsユーズニー(8)
 15勝0敗 フェレールvsアルマグロ(9)

 14勝0敗 フェデラーvsニエミネン(13)
 14勝0敗 フェデラーvsフェレール(3)

勝っている方の選手を見てみると、レンドルが3回、フェデラーが3回、ボルグが2回と
圧倒的に強い選手が圧倒的な強さを見せつけているのがわかりますが
その中に燦然と輝くフェレールの文字が実に心地よいではありませんか。
そして、やられている方にもいるというこれまた不思議な感じ。

やられている方の選手たちも、トップ選手と多く戦っている必要がありますから
いずれも決して弱い選手ではありません。カッコ内の数字は各選手の最高位です。

因みにこの図式をそのまま数学的に当てはめると
フェデラー>フェレール>アルマグロとなるわけですが
フェデラーvsアルマグロは29勝0敗とはならずに5勝0敗となっています。
ただ、2007年を最後に対戦がありません。

フェレール特集、対戦成績を中心としたざっと流した感じのものでしたがいかがだったでしょうか。
正直、フェレールは今後ずっと長く観られる選手ではないかもしれません。
しかしそれ故に少しでも多く活躍してくれることを願い
今後の1大会、1試合を大事に見守っていきたいと思います。


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  1. 2014/05/20(火) 16:02:01|
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No.1対決 続編

全豪直前に歴代No.1対決クイズを出しました。

問題編
回答編

少し間が開いてしまいましたが、今回はその続編です。

歴代No.1の中で最も多くのNo.1対決を行った選手はアガシでした。
実にその数20人。さすがです。

しかし、世の中にはそれを上回る選手がおります。
本人はNo.1ではありませんでしたが、対No.1ということでは絶対に欠かすことのできない選手、

santoro-2a.jpg
ファブリス・サントーロです。わ~パチパチ。

実はこのサントーロを取り上げたかったからこそ
前段としてNo.1同士の対決記事をアップしたようなもんです。
間が悪くて随分と時間が経ってしまったのはご容赦下さい。


さて、サントーロ、引退時にATPで記事になるなど既に話題になっていたので
ご存知の方もいるでしょうが、歴代No.1との対戦が非常に多かった選手です。
引退時には歴代20人のNo.1と対戦したとなっておりました。これはアガシと同数になります。

しかし、その後、ジョコビッチがNo.1になったことを見逃してはいけません。
サントーロはジョコビッチとも対戦しており、
この結果、総計21人のNo.1との対戦が行われたことになります。
アガシを抜いて歴代トップの数字に踊り出るのです。

いやー凄い。

で、ここで終わらないのがサントーロです。

本人はもちろんNo.1にはなっておらず、最高位が17位ですから
多く戦ったね、という名誉だけであるかと思われがちですが、
意外やそうでもないんです。

まずは全21人との対戦成績を御覧じろ。

vs コナーズ 1勝0敗
vs レンドル 0勝1敗
vs ビランデル 1勝0敗
vs エドバーグ 1勝3敗
vs ベッカー 1勝1敗
vs クーリエ 1勝2敗
vs サンプラス 3勝4敗
vs アガシ 3勝3敗
vs ムスター 4勝3敗
vs リオス 1勝3敗
vs モヤ 3勝1敗
vs カフェルニコフ 0勝6敗
vs ラフター 1勝1敗
vs サフィン 7勝2敗
vs クエルテン 1勝1敗
vs ヒューイット 2勝2敗
vs フェレーロ 2勝6敗
vs ロディック 1勝4敗
vs フェデラー 2勝9敗
vs ナダル 0勝1敗
vs ジョコビッチ 1勝1敗

総合 36勝54敗 勝率40.00%

生涯勝率 51.42%の選手にしては驚きの数字ではないですか?
相手は全てNo.1ですよ。
まあ若かりし頃とか最晩年とかもありはしますが。

しかも更に凄いのは、全21人のうち、
実に18人から勝利を上げているという点です。

20人との対戦を行っているアガシが19人から勝利をしていますが
それに次ぐ多さを誇っています。
次点のサンプラスは17人です。
サンプラスより多くのNo.1選手から勝利を収めているわけです。

勝ったことがないのはレンドル、カフェルニコフ、ナダルの3人です。
レンドルとナダルはサントーロとは時代の違う選手と言えます。
それぞれ1回だけ対戦していまして、サントーロは同じようなコメントを残しております。
両選手とも「自分にはパワフル過ぎた」ということです。
まだ若きサントーロの前と、最晩年のサントーロの前に
それぞれ現れた巨大な壁だったといったところでしょうか。

同世代との対戦では、サンプラス、アガシと互角に戦うという見事な戦績を残している一方で
カフェルニコフを大の苦手としていました。実に0勝6敗。
No.1キラー(それほどでもないか・・・)のサントーロとしては恐るべき大敗です。

カフェルニコフはサーブもボレーもよく、全体的に能力の高い選手ですが
あまり器用に様々なショットを打ち分けるタイプではなく、
どちらかと言えば只ひたすらガンガン打ち込んでくるスタイルが合う選手です。
同じようなタイプのフェレーロにも2勝6敗であるように、
柔でかわすサントーロにとっては、シンプルに強打を打ち込んでくる選手には分が悪かったようです。

一方でサフィンには7勝2敗と大勝しています。これまた面白いデータです。
単純にショットパワーだけでいけばサフィンもアガシも、
フェレーロやカフェルニコフに負けていないと思うのですが
何故、サフィンとアガシはOKでフェレーロとカフェルニコフはダメなんでしょうか。
この不思議さがたまりません。

まあサフィンとカフェルニコフも、これまでのデータ収集の歴史の中で
何度も不思議なデータを見せてくれているので、ある意味これはこれで正常といえましょうか。
サントーロの不思議さと相まって、読めない数値を叩き出してくれる
さすがの存在感を見せつけてくれているということでしょう。

さて、歴代25人のNo.1のうち、21人と対戦しているわけですが、
対戦したことがないのは、ニューカム、ナスターゼ、ボルグ、マッケンローの4人ということになります。
前3者はサントーロがデビューする前に引退しているので仕方ないですがマッケンローだけが惜しいです。
それよりも前に引退しているコナーズとは対戦しているので
巡り合わせによっては対戦もありえたかもしれません。

さて、今後ということで言えば、
サントーロはマレーとは2回対戦しておりデル・ポトロとも1回対戦しています。
もしもこの両者が将来No.1になることがあれば更に記録を伸ばすことになります。
2位アガシはどちらとも対戦しておりません。

ただ、さすがにディミトロフや錦織とはやっていないので
この辺りがサントーロの記録の最終ラインとなるでしょう。
あとはフェレールやバブリンカ等、現在の若手でない選手がNo.1になるかですね。


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  1. 2014/04/08(火) 13:49:26|
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セッピの5セットマッチについて

本日なんと3つ目の記事アップです!
頑張り過ぎか!(2日で5つの記事アップは当ブログ史上の記録かも)


さて、昨日のコメント欄でセッピの5セットマッチについてご質問いただきました。
(2R様ありがとうございます)

少し調べてみましたので記事アップいたします。
※コメント欄への返信でも良いのですが、
 コメント欄への書き込みはサイト内検索ができないので、
 後から調べたくなるかもしれないデータ系の返信は本記事を使おうと思います。


さて、フルセッピとも呼ばれることもあるセッピの5セットマッチ総数ですが、
2014年スタートの時点で17勝12敗の計29戦でした。(今大会初戦のヒューイット戦は入っていません)

因みにジョコビッチが27戦、ナダルとマレーは21戦です。
セッピはジョコビッチ、マレーよりも3歳上、ナダルよりは2歳上で
その分プロキャリアも長くなっています。

こうしてみると、まあさすがに多いは多いけど、
カルロビッチのタイブレークほどの抜きん出た回数というわけではないかな
という判断になろうかと思います。

しかし、考えなおしてみると少し話は違いました。
プロキャリアは長くても試合数が全然違っていることを思い出したのです。

ジョコビッチやナダルは勝ち続けるだけあってやはり試合数は多いです。
5セットマッチというと現在ではほとんどグランドスラムとデ杯に限定されています。
そこで、GS+デ杯の試合総数からの割合というのを出してみました。

《試合数》
ナダル GS 194試合、デ杯 22試合、計 216試合
ジョコ GS 188試合、デ杯 34試合、計 222試合
マレー GS 146試合、デ杯 17試合、計 163試合
セッピ GS 065試合、デ杯 26試合、計 091試合

《5セット率》
ナダル 21 / 216 = 09.7%
ジョコ 27 / 222 = 12.2%
マレー 21 / 163 = 12.9%
セッピ 29 / 091 = 31.9% !!

なんじゃこりゃ。
5セットマッチを戦うと、実に3回に1回はフルセットになるというこの数値。
結論出ました。
当サイトではセッピをカルロビッチと呼ぶことにします。


※全然関係ないですが、ナダルってデ杯シングルス成績21勝1敗(95%)なんですね。
 あのデ杯史上最強と思われたチルデンでさえ25勝5敗(83%)ですからちょっと凄いです。
 因みにマレーも16勝1敗(94%)とこれまたすごい成績です。
 ジョコビッチは26勝7敗(79%)、フェデラーは32勝7敗(82%)です。

※デ杯勝率も調べ始めたら止まらなくなってしまいました。
 別件なのでここではこれ以上触れないことにします。また別の機会に。


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  1. 2014/01/16(木) 10:53:23|
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【回答編】 クイズ!歴代No1対決!!ver.2013

さて、全豪が始まってしまいまして、そちらの話題も豊富ですが
まずは前記事のクイズの回答をいきたいと思います。


Q.01 勝利数の一番多い選手は?

115 サンプラス
106 フェデラー
102 レンドル

というわけでサンプラスでした。
100勝以上はこの3人だけです。次点のアガシが99勝とあとわずかでした。
サンプラスは90年代の短命王者との対戦が大きいですね。
フェデラー、レンドルは特定の相手と非常に多く戦っていますがいずれも全対戦相手は12人です。
一方サンプラスは18人で、しかもその多くで勝ち越しています。
因みに私の予想はレンドルでした。


Q.02 敗戦数の一番多い選手は?

98 コナーズ
85 エドバーグ
85 アガシ

正解はコナーズ。
80敗以上はこの3人です。この下にはレンドル74敗、マッケンロー73敗と続きます。
コナーズ、レンドル、マッケンロー辺りは潰し合いの印象ですね。
アガシもキャリアの長さから納得と言えますが、エドバーグがアガシと同数というのは少々意外です。
ベッカー戦の25敗が響いてる形です。



Q.03 対戦数の一番多い選手は?

184 アガシ
176 レンドル
172 サンプラス
165 フェラー
159 エドバーグ
153 コナーズ

アガシが最多でした。これはキャリアの長さの賜物でしょう。2位、3位も納得です。
コナーズはローズウォール、スタン・スミスなど前時代のNo.1も含めればもっと上がったと思います。
同じくフェデラーも、今後マレーやデル・ポトロがNo.1になれば数値が跳ね上がることになります。



Q.04 勝率の一番高い選手は?

67.27% ナダル(74-36)
66.86% サンプラス(115-57)
64.24% フェデラー(106-59)
61.54% ボルグ(40-25)
60.00% ベッカー(87-58)

これは完全にサンプラスかと思っていましたが、ナダルが1位でした。
実はこの集計、去年の途中で一旦出していまして、その際にナダルは2位だったんです。
去年の勝ちっぷりが見事だったことがわかります。
ただこの数字は今後は流動的に変化していくことが予想されます。
ジョコビッチとの対戦、マレーやデル・ポトロがNo.1に就任した際の数値変動、
今後ナダルを倒す新しいNo.1選手の登場の可能性などなど。
ん~それでもナダルの数字が大きく下がるとは考えにくいですかね。

ベッカーの健闘が目立ちますね。60%に乗せています。
因みにこの下は、レンドル(102-74 57.95%)、アガシ(99-85 53.80%)と続きます。

この他クエルテン(35-35)の50%になっていますが
それ以外の選手はすべて50%を切っております。
つまり、勝ち越している選手は僅か7名で、負け越している選手は倍以上の17名となっているんです。
No.1同士の戦いとはいえ、より強い選手が大量に勝っているということがわかります。

50%未満の中ではヒューイット(65-67 49.24%)とジョコビッチ(46-48 48.94%)の
現役コンビが最も高くなっています。これは今後変動する数字です。



Q.05 勝利数の一番少ない選手は?(ニューカム除く)

22 リオス
24 ムスター
27 ナスターゼ

リオスが最小でした。30勝未満はこの3人だけです。
クレーを得意とした選手が並びます。
2000年以前にはそれ以降のようなトーナメント出場義務がありませんでしたから
No.1選手同士でも棲み分けがされていたと考えることができるかもしれません。
因みに選外のニューカムは7勝です。



Q.06 敗戦数の一番少ない選手は?(ニューカム除く)

25 ボルグ
31 ナスターゼ
35 リオス
35 クエルテン
36 ナダル

40敗未満は以上の5人です。
予想の難しい項目だったと思います。ボルグに気付くかどうかというところでしたね。
選外のニューカムは8敗です。



Q.07 対戦数の一番少ない選手は?(ニューカム除く)

57 リオス
58 ナスターゼ
65 ボルグ

リオスが少ないです。
ナスターゼが初代No.1で前時代選手との対戦が含まれていないことを考えると、
群を抜いて少ないことがわかります。
ボルグの少なさはキャリアの短さもありますが、同時代No.1の少なさも影響しているでしょう。
次点はクエルテンの70です。こちらもキャリアの短さが伺えます。



Q.08 勝率の一番低い選手は?

30.77& ムスター(24-54)
35.95% コナーズ(55-98)
38.10% モヤ(40-65)
38.46% クーリエ(35-56)
38.60% リオス(22-35)

ムスターがぐっと低い数字でした。
まあ止むを得ない部分はありますが、少々気の毒でもあります。
ムスターはクレー巧者同士の対戦で圧倒的に強かった選手ですが
同時代のクレー巧者が誰一人No.1になってないわけですから
ムスターの強くなかった部分を抜き出したような格好になってしまっているんです。

2位のコナーズも時代的に致し方ない部分があるでしょう。
前時代の選手が集計表にいれば話は変わったと思います。



Q.09 対戦相手の一番の多い選手は?

20人 アガシ
18人 サンプラス
17人 モヤ

90年代のNo.1乱立時代を考えれば非常に納得のトップ2です。
3位のモヤは一見すると少々意外そうにも思えるのですが
ナダル、ジョコビッチとも対戦している息の長さを考えればなるほどと頷けます。
これ以下、上位のほとんどが90年代を経験した選手で埋められています。
16人でラフター、サフィン、15人でベッカー、リオス、カフェルニコフ。
対戦数の少ないリオスが対戦相手では多くなっているというのも90年代の特徴でしょうか。



Q.10 対戦相手の一番の少ない選手は?(ニューカム除く)

6 ナスターゼ
6 ボルグ
7 ジョコビッチ
8 ナダル

ナスターゼとボルグが6で最小でした。(ニューカムは4です)
これに現役の2人が続きます。現役勢は今後少し数字が増えるでしょうが、
90年代ほどにはなることは恐らくないでしょう。
次点はコナーズとマッケンローで11でした。
70年代はNo.1選手が極端に少なかったことがわかります。



Q.11 試合数のもっと多い対戦は誰と誰?

これはボーナス問題です。
正解はナダルvsジョコビッチ。




Q.12 勝利数の最も多い対戦は誰が誰に対して?

同じくボーナス問題。
ベッカーのエドバーグ戦25勝。



Q.13 特定の相手に対して全勝というのがあるが、数字の一番多いのはどの対戦?

これは困難を極める問題だったと思います。

1位 エドバーグvsムスター(10-0)
2位 フェデラーvsモヤ(7-0)
3位 ベッカーvsコナーズ(6-0)
4位 ロディックvsフェレーロ(5-0)
5位 レンドルvsクーリエ(4-0)

正解はエドバーグvsムスター、まさかの10勝0敗でした。
両者が一番多く戦っているのがなんとクレーコート、10戦中4戦です。
エドバーグはクレーでも戦える選手でしたが、とはいえ全敗ですから
ムスターもこれではクレー巧者の名折れと申せましょう。
まあ、ムスターが強いのはクレーコートというよりもクレー巧者に対してですから
その辺、奥ゆかしいというか愛らしいというべき選手です。

あと、負け先行のイメージが付きまとうロディックが入っているのが良いですね。
相手はフェレーロ。本来は見事なライバル関係を築いて時代を引っ張るはずだった二人です。
因みに、直接対決で全勝しているロディックですが、フェレーロとの総合の比較では
フェレーロ(36-50 41.86%)
ロディック(37-53 41.11%)
とほとんど同じ数値となっています。
うむ、まあ何だかんだで良いライバル関係だった、んでしょうかね。


Q.14 特定の相手に対して全勝というのを一番多くやっているのは誰?

正解は2人います。まずはエドバーグ。
ムスター(10勝)、リオス(1勝)、モヤ(1勝)、ラフター(3勝)と4人から全勝です。
1勝0敗が2つ入っているのであくまでも参考値ということになりますが
多く負けている選手であるエドバーグが不敗も多いというのは面白いデータです。

そしれもう一人がラフターです。
レンドル(1勝)、クーリエ(3勝)、サフィン(1勝)、ロディック(3勝)
意外度で言えばエドバーグ以上です。候補に名前が出ることも殆ど無い選手だったろうと思います。



Q.14 特定の相手に対して全敗というのを一番多くやっているのは誰?

こちらも正解は2人います。まずはコナーズ。
ビランデル(5敗)、ベッカー(6敗)、クーリエ(3敗)、サンプラス(2敗)、アガシ(2敗)、
計5人ですが、一番年齢の近いビランデルですら12歳差ですから
むしろそのキャリアの長さを褒め称えるための数値とも呼ぶべきかもしれません。

もう一人は、ムスターです。
ビランデル(2敗)、エドバーグ(10敗)、ラフター(3敗)、サフィン(1敗)、クエルテン(3敗)、
同じく計5人ですが、3歳上のビランデル、1歳上のエドバーグと近い年代の選手からも喫しているのが
コナーズとの大きな印象の差となっています。
因みに一番年齢の離れているのはサフィンで13歳差です。



Q.15 もっとも年齢差のある対戦は?

正解は、コナーズvsサンプラスでした。
これはセルフ引っ掛けでした。私は引っかかりました。
大体年齢系の話になると決まってコナーズかアガシだろう、
ああ、じゃあこの両名できまりた、とうっかりミスをしてしまいました。


以上、長々としたクイズの回答でした。
前時代の選手が入っていないが故の不足データがありますし、
今後の動向によって現役選手の数字が変わってくるだろうというのもありますが
概ね面白いデータが取れたと思います。

古いところではローズウォールやビラスは入ってきて良い選手だと思います。
また今後のNo.1も、例えばフェデラーに勝ち越しているマレーがNo.1になったとすれば、
フェデラーの勝率は下がることになりますし、逆にデル・ポトロがNo.1になれば、
ジョコビッチの数値が大幅に上昇することになります。

いずれ再度の集計をやってみたい気がします。


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  1. 2014/01/15(水) 11:50:17|
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クイズ!歴代No1対決!!ver.2013

さて、2014年最初の記事はですね、クイズにしたいと思います。
ATPランキング制度が始まって以来No.1というのは25人生まれています。

この歴代No.1はお互い何度も対戦をしております。
そこで、そのNo.1経験者同士の対戦というのをまとめてみました。
集計結果が結構面白かったのでクイズにしてみようと思った次第です。

まず歴代No.1をリストアップします。

01 ナスターゼ
02 ニューカム
03 コナーズ
04 ボルグ
05 マッケンロー
06 レンドル
07 ビランデル
08 エドバーグ
09 ベッカー
10 クーリエ
11 サンプラス
12 アガシ
13 ムスター
14 リオス
15 モヤ
16 カフェルニコフ
17 ラフター
18 サフィン
19 クエルテン
20 ヒューイット
21 フェレーロ
22 ロディック
23 フェデラー
24 ナダル
25 ジョコビッチ

この内、2代目のニューカムは事実上前時代の選手であって
試合数も極端に少ないというのがあります。
そこで一部項目についてはニューカムを除いた24人で、ということに致します。

勝利数、敗戦数等の総数は、
例えばボルグは対コナーズ10勝、対マッケンロー8勝ですのでこれを足していきます。
で、他の選手との数字もどんどん足していって出た総数が判定値になります。

※尚、記事タイトルにver2013と入っていますが、2013年までの対戦に限った集計になっています。
 既に2014年にヒューイットvsフェデラーが行われていますが、これはカウントされていません。


さて、では行きます。


Q.01 勝利数の一番多い選手は?

Q.02 敗戦数の一番多い選手は?

Q.03 対戦数の一番多い選手は?

Q.04 勝率の一番高い選手は?

Q.05 勝利数の一番少ない選手は?(ニューカム除く)

Q.06 敗戦数の一番少ない選手は?(ニューカム除く)

Q.07 対戦数の一番少ない選手は?(ニューカム除く)

Q.08 勝率の一番低い選手は?

ここから趣向が少し変わります

Q.09 対戦相手の一番の多い選手は?

Q.10 対戦相手の一番の少ない選手は?(ニューカム除く)

続いて特定の対戦に焦点を当てます

Q.11 試合数のもっと多い対戦は誰と誰?

Q.12 勝利数の最も多い対戦は誰が誰に対して?

Q.13 特定の相手に対して全勝というのがあるが、数字の一番多いのはどの対戦?

Q.14 特定の相手に対して全勝というのを一番多くやっているのは誰?

Q.14 特定の相手に対して全敗というのを一番多くやっているのは誰?

Q.15 もっとも年齢差のある対戦は?


以上15問です。

特にコメント欄に回答を書き込んでいってくれというわけではないです。
もちろん書いて頂いても全然構いませんが、いっぱいありますから
心の中で誰だろうと思ってもらうだけでも良いかと思います。

数日後に正解を掲載します。


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  1. 2014/01/08(水) 13:08:01|
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2012年のグランドスラムタイトル考察

去年(2012年)はグランドスラムをトップ4で分け合いました。
4人でタイトルを分け合うのは2003年以降のことでした。

これまでも4人でグランドスラムを分け合う例はありましたが
それがトップ4によるものであったことは何度あったのか、
少し興味があったので調べてみました。

結果は以下のとおりでした。

1991年
 1 エドバーグ(全米)25歳
 2 クーリエ(全仏)21歳
 3 ベッカー(全豪)24歳
 4 シュティッヒ(全英)23歳

2003年
 1 ロディック(全米)21歳
 2 フェデラー(全英)22歳
 3 フェレーロ(全仏)23歳
 4 アガシ(全豪)33歳

2012年
 1 ジョコビッチ(全豪)25歳
 2 フェデラー(全英)31歳
 3 マレー(全米)25歳
 4 ナダル(全仏)26歳

※年齢はいずれも年度末時点

全3回です。
約10年毎にこのパターンが訪れていることになります。

80年代初頭と70年代初頭には例がありませんが、
80年代の中頃までは全豪の規模が小さく、
4大大会とはいえポイントにも偏りがありましたので、
このパターンに当てはまらないというのは納得できる結果です。

しかし、グランドスラム優勝というのは
当然のことながら獲得ポイントが多いわけですから、
普通に4人でわけ合えばそれがトップ4になるかと思いきやそうでもないんですね。
わずかの3回というのは少々意外でした。

ではこれら3つの年を見ていきましょう。

いずれも1強時代が崩れた後である点で共通していますが
構成する4名の傾向に弱冠の違いがあります。

まず1991年ですが、レンドル時代が終わった後に当たります。
構成される4名はいずれもピークに迫った選手たちです。年齢もいい感じです。
この中から次の最強選手が生まれても良かったのですが
実際にはそうはならず、サンプラスが時代を作りました。

テニス界の流れを俯瞰した場合、この年のランキングで意識を向けるべきは、
上位4人よりも5位のレンドルと6位のサンプラスの方かもしれません。
前年にはレンドルが3位、次年にはサンプラスが3位で、
更にその前年にはレンドルが1位、翌々年にはサンプラスが1位でした。
正に時代の狭間における実力者たちのせめぎあいといった年だったわけですね。

続いて2003年です。
これはサンプラス時代終焉後に当たります。
若手と、アガシという大ベテランで構成されています。
1991年とは違い、この時ピーク(25歳前後)の選手が見当たりません。
これはサンプラスとアガシが、中途半端に頭角を現してきた選手たちを
これでもかと叩き潰していった結果でしょうね。全く悪い人たちです。

さて、この年のトップ4構成員のうちではやはりアガシが例外的な存在です。
基本的に若い選手たちで構成されているというのが正しい見方なのでしょう。
ただ、本来あるべき名前が見当たりません。
そう、レイトン・ヒューイットです。この年はトップ10にも入っていません。

ヒューイットは前年と前々年にNo.1になっていて、
この翌年には3位にまで復活してきていますから
かなり限定的にこの年だけランクを落としていたことになります。
もしも怪我なく健在であったならば、アガシを追いやって
若手だけで構成するトップ4になっていたかもしれません。

最後に2012年ですが、
これはもちろんフェデラー時代の終焉によって訪れたとの見方ができます。
しかし、そのフェデラーが2位という異例の事態になっているのも事実です。
確かにフェデラー時代は終焉し、その後のナダルとの2強時代も終了し
新しい時代に切り替わる時期に入っているとの見解も間違いではないのですが
ナダルも4位にいるという状態から、単に時代の切れ目、
という言い方を使うことにはためらいがあります。
歴史上でもかなり特異な年だったといえそうです。
そしてその状態は2013年の今も続いています。

上掲のそれぞれの年のトップ4の平均年齢を見てみましょう。

1991年、23.25歳
2003年、24.75歳
2012年、26.75歳

2歳ほどじわじわと上がってきているのがわかります。
2003年にはアガシという特殊なな存在があったわけで
トップ10で平均を出したらもっと下がるかもしれません。

2012年の4人は、2008年からなんと5年連続で同じメンバーのトップ4を形成しています。
こんなことはもちろんランキング制度発足後初めてのことです。
というより、トップ4が前年と同じメンバーであったことは
1983年-85年にかけて、3年連続でマッケンロー、レンドル、コナーズ、ビランデル
というのがあったのみで、これ以外では2年連続ですら例がありません。

今年も4人でグランドスラムを分け合うようなことがあれば
これまたかなりの特殊な年になりそうです。
今年、グランドスラムの複数獲得が達成されるか否かは
ジョコビッチ次第といえそうです。

意外とマレーがやるかな、いや、やんないかな。

というわけで、グランドスラムをトップ4で分け合う年というのを見てみました。
約10年毎のサイクルが認められ、それぞれの時代の傾向といったものは感じられましたが
統一された規則性というものは見つけられませんでした。正直偶然っぽいという思いです。
ただこの10年サイクルが存在しているのも事実で、今後も発生するのかどうか。
10年後にもこのサイトが運営されていて、私が覚えていたら、
というかなり限定された条件にはなりますが
また機会があれば取り上げてみたいと思います。

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  1. 2013/04/24(水) 17:17:43|
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オリンピックに向けて:その1 過去のグランドスラム以外のウィンブルドン大会

いよいよ来週がオリンピックです。
一年で2回もウィンブルドンで大会が開催されるなどというのは
当然のことながら極めて珍しいことです。
我々は歴史上の貴重な証人となるのです。

その貴重な年2回のウィンブルドン開催ですが、
過去を遡ると1908年のオリンピックで実現したことがあります。
ロンドンオリンピックはその後1948年にも開催されていますが
その時はテニスがオリンピック種目から外れていたため、
1908年がこれまで唯一のウィンブルドンでのオリンピック大会ということになります。

また、オリンピックを外れた場合を見てみますと、
こちらもただ一度だけ実現したことがあります。
今回の記事ではその大会を取り上げてみたいと思います。

オープン化前年の1967年1月にウィンブルドンプロという大会が開催されました。
優勝賞金は3万5千ドルで当時としては前例のない史上最高額の大会となりました。

当時は1ドル=360円の固定相場でしたので日本円に換算すると1260万円となります。
イギリスの大会なので日本の基準を当てはめてしまうのは正しくないですが、
当時と今の日本の大卒初任給を比較すると約8倍の違いがありますので
それを物価の差としてそのまま算出しますと、今日の基準では9800万以上、
約1億円の大会だったということになります。

今年のウィンブルドンが約1億4千万円ですが、ドローは128で毎年開催される最大規模の大会です。
一方このウィンブルドンプロは、ドローが僅か8で、しかも一度だけの大会であったわけですから、
破格の条件だったことがわかります。

僅か8名とはいえ、年末ファイナルに匹敵する超豪華な選手が揃いました。

《初戦の組み合わせ「スコア」》
・レーバーvsストール「6-4 6-2」
・ヒメノvsラルストン「6-1 6-2」
・ローズウォールvsブッフホルツ「5-7 6-2 6-3」
・ホードvsゴンザレス「3-6 11-9 8-6」

シード順のアナウンスはないのですが、
恐らく、レーバー、ローズウォール、ヒメノ、ホードという順であったと思います。

初戦からホードvsゴンザレスなんて美味しすぎます。
白熱のスコアです。凄いです。

ストールとラルストンはこの年プロになったばかりで、
もしかしたらこれが最初のプロ大会だったかもしれません。
それぞれ前年の全米と全仏のチャンピオンでしたから
鳴り物入りでのプロデビューとなったのではないでしょうか。
ただし初戦の相手がレーバーとヒメノですからね。
さすがに相手が悪かったというのもあって、
いずれもストレートで瞬殺されてしまいました。

初戦はいずれもシード選手が勝った形となりました。
続く準決勝の組み合わせと結果は以下のとおりです。
・レーバーvsヒメノ「6-3 6-4」
・ローズウォールvsホード「6-2 6-3」

メンバーとしては当時最強の4人が勝ち上がったのですが
どちらの対戦も相性が明確な組み合わせであり、結果としては簡単にストレートで決着しました。
ホードはこの時期ローズウォールにほとんど勝てませんでしたし、ヒメノもレーバーを苦手としていました。
しかしヒメノはローズウォールとは対戦成績がほぼ互角でしたので
組み合わせが変わっていればどうなるかわからなかったというのもあるでしょう。

決勝のみは5セットマッチで行われました。
・レーバーvsローズウォール「6-2 6-2 12-10」

最初の2セットの簡単さが残念ですが、最後のセットは激戦となりました。
ローズウォールはレーバーと互角に戦える当時唯一の選手でしたが
負けるときはあっさりというのも結構あったようです。
なんとなくサンプラスvsアガシをイメージさせます。

この大会はもう何回か行われる可能性もありましたが、翌年のオープン化により、
別途プロ大会を催す必要もなくなったために一度だけの大会となったのでした。
この取り組みがオープン化に繋がったのは間違いありません。

現在はグランドスラム=最高峰の大会という当たり前の図式がありますが
このような紆余曲折を経た結果として培われていったものなのです。

なおこの大会はイギリス国営放送のBBCでカラー放送されたということです。
どこかにビデオが残っていないでしょうか。

テーマ:テニス - ジャンル:スポーツ

  1. 2012/07/24(火) 11:27:57|
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